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さいたま市議会インターネット議会中継

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※検索結果一覧

平成29年6月定例会 平成29年6月14日(水曜日)  ◇一般質問(2日目) 他
  • 自由民主党真政さいたま市議団
  • 渋谷 佳孝 議員
1大宮駅東口公共施設再編計画について
(1)推進本部会議の検討状況について
(2)現大宮区役所の跡地活用について
(3)大宮小学校について
2真の「東日本の玄関口」になるために
(1)都市再生緊急整備地域の指定について
(2)大宮駅北側の開発と駅周辺の再開発計画について
(3)大宮駅南側のバスターミナル整備について
(4)具体的なグランドデザインの構築にむけて
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  • 無所属
  • 川村 準 議員
1「市役所が浦和にある限り大宮に未来なし」は本当か 映像を再生します
  • 自由民主党さいたま市議会議員団
  • 玉井 哲夫 議員
1無電柱化の推進について
(1)市内における無電柱化の進捗状況と今後の取り組み方針について
(2)旧中山道(針ヶ谷地区)の事業化について
2地域防災力の強化について
(1)自主防災組織について
①機能・役割、活性化について
②地区防災計画の作成及び運用について
③防災倉庫のあり方について
(2)避難行動要支援者名簿について
(3)避難場所について
①指定避難所の役割及び防災機能向上のための取り組みについて
②公共施設の防災上の位置づけについて
3与野駅東口駅前広場等整備について
(1)整備に向けた今後の取り組みについて
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  • 公明党さいたま市議会議員団
  • 神坂 達成 議員
1福祉コンシェルジュ(福祉制度案内人)の創設について
(1)増大し複雑化する福祉ニーズに対応するため、福祉コンシェルジュ制度を創設すべきではないか
2就学援助制度における新入学用品費の前倒し支給と単価増額について
(1)就学援助制度における新入学用品費の前倒し支給と単価の増額についてどの様に考えているのか
3こどものいのちを守る防災対策について
(1)大規模災害の発災に備え、こどもの防災力向上のため、防災頭巾から防災ヘルメットに政策転換すべきではないか
4自転車通学における許可条件について
(1)さいたま市は自他ともに認める自転車のまち。市として、事故遭遇率が最も高い中学・高等学校生へ、自転車通学時のヘルメット着用を義務付けるべきではないか。また、通学時に限定するのではなく、普段から、ヘルメットの着用を働きかけるべきではないか。
5ブックシャワー(書籍消毒器)の設置について
(1)全国の都市では、書籍消毒器を設置する動きが広まりつつあるが、市民ニーズに応じて、書籍消毒器を設置すべきではないか。
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  • 公明党さいたま市議会議員団
  • 谷中 信人 議員
12020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会について
(1)おもてなしアクションプランについて
(2)受動喫煙の防止について
2日本一の防災都市の実現に向けて
(1)ボランティアネットワークの整備について
(2)ICTの活用について
3歳入確保の取り組みについて
(1)地方創生応援税制について
(2)グリーンボンドの創設について
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  • 無所属
  • 吉田 一郎 議員
1土呂駅を「盆栽駅」に改称しようとする住民不在の策動について
(1)市の見解
(2)土呂駅東口を「盆栽口」に改称しようという策動について
2『さいたま市史鉄道編』の記述に極めて多数の誤りがあることについて
(1)以下のような誤った記述について
●コラム川越電気鉄道
・P24「時速25~35kmという、速い自転車並みの速度」→速い自転車の速度でもそんなに速くない。
・P24「車両は東京市電から払い下げられたものを使用し、」→川越電気鉄道が開通した1906年4月において、東京市電(1911年成立)や前身の東京鉄道(1906年9月成立)はまだ存在していない。
・P24「1904年12月に川越町に電灯を供給した。埼玉県下で電灯がともったのは、これが最初であった。」と、「1904年4月に大宮町でも電灯供給事業を開始した。」は矛盾。
●コラム武州鉄道
・P70「川口~岩槻間の敷設免許を受け、」→川口~春岡村宮ヶ谷塔間の敷設免許を受け、
●京浜東北線の大宮延伸
・P78「日本で最初の高速電車は、1904(明治37)年に飯田町~新宿間で運転を開始した甲武鉄道」→飯田町~中野間の誤り。
●コラム駅弁
・P109「駅弁の製造販売を手がけていた浜長・氷川屋と、雑貨を取り扱っていた門奈が合同して合資会社三立軒を設立し、」→門奈は雑貨屋とともに西洋料理屋を営み、駅弁も販売していた。
・P110「名前を聞くだけでは、海の物とも山の物ともにわかに判断しがたいが、」→盆栽すしは「洋風ちらし弁当」である。
・P110「ムサシ産業は相次いで撤退し、」→撤退した時点では、ムサシ食品。
●戦時下・占領下の鉄道
・P143「川越電気鉄道路線図」→工場前、荒地、成田山前の各駅が抜けており、P24の記述と矛盾。
・P143「川越鉄道以来」→川越電気鉄道以来
・P144「まず37年7月に大宮~川越間が開業し、40年7月に高麗川までの全線が開通した。」荒川橋梁が竣工したのは38年6月であり、40年7月に大宮~高麗川間が開通。
●高度経済成長から現代へ
・P168「「横須賀色」(青とクリームのツートンカラー)のスマートな車輌の登場に沿線住民は歓喜した。」→「横須賀線に使用している電車を使用すべきという意見も多いが、湘南型電車を使用する事とした」との資料あり。
・P172「中距離電車129本」→原典の『東鉄ニュース』では「旅客列車129本」。蒸気機関車や電気機関車が牽引する列車や気道車は電車ではないし、黒磯・水上以遠へ行く列車は中距離ではない。あえてわかり易く表現するなら「中・長距離旅客列車129本」もしくは「東北本線・高崎線の旅客列車129本」。
・P173「赤羽鉄橋の新設」→「荒川橋梁(もしくは荒川鉄橋)の増設」。
・P173「平面交差踏切の全面立体化」→与野駅南側の大原踏切は、大原陸橋(1978年竣工)が建設されるまで残った。赤羽駅北側にも同駅高架化(1998年)まで踏切が残存。
●コラム大宮駅東西通路
・P201「歩行者と自転車が無料で通行できるようになった」→歩行者のみ。
●コラム新幹線リレー号
・P222「国鉄は、大宮駅を発着駅とする東北・上越新幹線の開業を「大宮暫定開業」と呼んだ。」→「大宮暫定始発」。82年6月に東北新幹線が在来線特急の一部を残したまま、上越新幹線に先駆けて運行を開始したのが「暫定開業」もしくは「先行開業」。
・P222「東北・上越新幹線の乗客の東京~大宮間の輸送を在来線に任せるわけにはいかなかったのである。」→新幹線リレー号が走ったのは在来線。
・P222「京浜東北線に南浦和と十条で各駅停車の電車を追い抜く快速電車を」→十条ではなく東十条。
・P222「上野駅では15番線、大宮駅では7番線と発着ホームが限定され」→上野発で15番線を使用したのは13本中8本、上野着では14本中6本に過ぎず、大宮発で7番線を使用したのは14本中2本(他は3・4番線)、大宮着では13本中5本(他は8・9番線)。
・P222「もちろん、新幹線特急券を所持していない場合は乗車できず、」→乗車できた。
●コラム川越線の電化
・P223「川越~高麗川間は3両編成で川越において池袋方面の列車と接続した。」→電化時は日中の川越~高麗川間の約半数の列車が大宮まで直通し、川越での接続も特に考慮されていなかった。
・P223「1980年初頭までの川越線は、沿線開発の遅れと利用者の伸び悩みに直面していた。」→指扇駅を中心に利用者は増加していた。「1982年の朝の上りラッシュにおける平均乗車率は243%にもなった。」の記述と矛盾。
・P223「沿線地域が、河川によって分断され独自の発展過程をたどってきた地理的・歴史的な背景と、」と「とはいえ、日進~川越間は大宮との結びつきが強く、」は矛盾。
・P223「バスで大宮か川越に出て東京都心方面へ向かう人々が少なくなかったのである。」→大宮駅~日進のバス本数は、73年94本→75年34本→79年16本→80年廃止。
(2)一次資料を確認せず、Wikipediaを写したような記述について
(3)原稿の検証・校閲体制について
(4)『さいたま市史鉄道編』の回収を含む対応について
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◇市長提出議案の上程(議案第113号)
◇委員長報告
◇委員長報告に対する質疑
◇討 論
◇採 決
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◇市長提出議案の上程(議案第131号~第133号)
◇採 決
◇市長提出議案の上程(議案第134号)
◇議案に対する質疑
◇議案の委員会付託
◇討 論
◇採 決
◇散 会
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